ホルミシスの歴史

放射線ホルミシスを最初に提唱したのは、ミズーリ大学の生命科学の教授トーマス・D・ラッキー博士です。アメリカNASA(航空宇宙局)より、宇宙における放射線の宇宙飛行士の体への影響についての調査を依頼されたことがはじまりでした。宇宙へ行った飛行士は、地上よりもはるかに大量の放射線を浴びているにもかかわらず、健康状態を調べるバイタルデータが宇宙へ行く前よりも良くなっているという結果が出たのです。

NASAの依頼を受けたラッキー博士は10年以上の歳月をかけて研究を続け、研究の成果を米国保健物理学会誌「Health Physics」(1982年12月号)に発表しました。その内容は、宇宙飛行士が浴びる地上の100倍もの線量の放射線は、危険などころか、むしろ人体にとって有益であるというものでした。高レベルの放射線は生体に有害であるが、低レベルの放射線は有益であるという『放射線ホルミシス』現象の発見です。

しかし、このラッキー博士の論文は、それまで世界の放射線学会を支配してきた「どんな微量でも放射線は危険である」という学説と真っ向から対立するものでした。それまでの放射線の常識は、「放射線の害はその強さに直線的に比例する」という米国遺伝学者H・J・マラー博士の「直線的無しきい値仮説」に基づいていました。マラー博士は、ショウジョウバエのオスへのX線照射実験で得られた「当てた放射線量と発生した染色体異常の数は比例する」という実験データに基づいて同仮説を発表し、この業績によって1946年度のノーベル生理学・医学賞を獲得しています。このマラー仮説に基づき、世界の放射線学会は50年以上にわたってすべての放射線の安全基準を設定してきました。当然のようにラッキー博士の論文は無視され、主張はほとんど省みられないまま片隅に埋もれてしまいます。

そのラッキー論文が衆目を集めるきっかけとなったのは、日本の電力中央研究所の服部禎男博士でした。日本国内の服部博士を中心とする研究者たちの研究や実験により、ラッキー理論の正しさが証明されるにつれ、マラー仮説の持つ誤りも明らかになっていきました。現代の細胞学では、われわれの体内では何百という修復酵素が1日あたり100万ものDNAの損傷を修復し、修復しきれなかった100個ほどの異常細胞も、p53というがん抑制遺伝子によってアポトーシス(細胞の自爆死)され、破壊されなかった1個の損傷だけがそのまま残されるという修復メカニズムが存在することが明らかになっています。放射線が強すぎると、損傷が激しすぎて修復酵素による修復は間に合いませんが、弱い放射線ならDNAの修復機能が向上するためにDNAは修復され、また修復できなかった損傷も、アポトーシスによって破壊されてしまうので、異常細胞が残ることはないのです。この「DNA修復」のメカニズムを当時のマラーは知りませんでした。また、マラーが実験に用いたショウジョウバエのオスの精子は、実はもともとDNA修復力を持たない細胞でした。そのため、弱い放射線下においても、損傷した細胞は修復されないまま残ってしまい、あのような実験結果になってしまったのです。

現在ではラッキー博士により人体への有用性が見出されたこの放射線ホルミシスは、臨床の現場で、多くの医師により医療の補助として用いられるようになっています。

川嶋朗(ホルミシス臨床研究会代表理事)

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